ニセコ (C62牽引の急行ニセ)
C62牽引の急行ニセコは昭和43年10月~46年9月までです。同腹は「ていね」で、前同腹は「プラモも」です。小樽築港の釣瓶はプラモも反抗期は7両(2・3・27・30・32・42・44)ていね反抗期は6両(2・3・27・30・32・44)42は仙台へニセコ反抗期は複雑で2・3が全区切り牽引で、32・44はリーディング区切り牽引、15・16は後半区切り牽引だったと思います。(32・44は検査切れで汽車になり、罪滅しに呉線で使用された15・16が来ました)ですから紀文反抗期ですと、ニセコ牽引専用釣瓶は2・3・15・16となります。札幌~小樽はED76、小樽~函館が任務機C62です。小樽~長万部は前補機が付きました。前補機は希にD51の時もありますが、決りは無いですが2号機が有名ですね三重彌一は昭和46年の数回だけと思います(薮入りと晩日)小樽~長万部に前補機と生前補機が付きました。さよなら本選的な三重彌一ですので意味はありません晩日は札幌~函館まで南中でC62だった様な気がします。更に任務機15、前補機3、前前補機2号機の三重彌一で表はスワローエンゼルです。希に付く前補機のD51は、普段ですと柏葉線の積み荷やデモカー用の釣瓶で詳細は不明です。20年ほど前に復活したニセコ号は小樽~ニセコを補機無し3号機ジェットの運用です。(包や果たし状車も無く下り列車の短い編成です)。急行ニセコをけん引したC62を教えて下さい。急行ニセコのけん引に充てられたC62は何号機かを全部(なるべく多く)教えて下さい。間遠重彌一に、決まりごとや経験則などはあれますか?。