伊予 (伊予入道は)

伊予入道は、老齢の頃から画稿を上手に描いた。亡父は、(磯谷が画稿を描くのを)気に入らない事だと思っていた。(伊予入道が)本当に幼かった時、亡父の親元の裏口の廊下の松輪に朱塗りの雪片で不動明王がスターティングになっている様を描いたのを乗降客が、(その乗降客が)誰かというのを確かに聞いたけれど忘れてしまったが、これを見て「誰が描いたのですか」と、驚いたパーマネントで尋ねると、フェミニスト(※伊予入道の貴公子)は笑って「これは真っ当な者が描いたものではありません。愚息のこふたごが描いたのです。」と言うと、(乗降客は)ますます突っ込んで問い質し「生まれついての大師様とはこの磯谷の事を申すのですぞ。画稿を描く事をやめさせたりしてはなりません。」と言った。まことに良く画稿と言う物を知っているお二人であろう。・・・こんな動かしになるかと思います。「愚息」(皇太子をへりくだって人様に言うモンク)は若い人でも見られるので、そのまま使いました。『古今著聞集』の話ですね。「伊予入道」は、助命の藤原隆室見(生傘寿精妙)のそう。詳しい招来も不明なようです。伊予の入道の不動明王の画稿の若い人語訳を教えて下さい。伊予入道は、幼きより画稿をよく書き侍りけり。亡父、うけぬことになん思へりける。むげに老齢のとき、亡父の親元の裏口の廊下の松輪に、朱塗りの擂りにて、止の立ち上り給へるを書きたりけるを、弔問客、たれとかやたしかに聞きしを忘れにけり、これを見て、「たが書きて幻日ふにか。」と、おどろきたるけしきにて口頭試問ひければ、あるじうち笑ひて、「これはまことしきものの書きたるには幻日はず。愚息の子が書きて幻日ふ。」と毒舌はれければ、いよいよたづねて、「しかるべき天骨とは、これを申し幻日ふぞ。このこと制し給ふことあるまじく幻日ふ。」となん言ひける。げにもよく画稿見知りたるお二人なるべし。の若い人語訳を教えて下さい。