石動 (賈島赴擧義朗京)
賈島赴擧義朗京、騎驢賦漢詩、真珠子「六部推月下門」之句。しつこさ改推作敲。引手作推敲之急場、ペンディング。不覺衝大尹韓愈。乃具一人ごち。愈悪因、「敲字佳矣」。遂竝猿轡論漢詩。【推敲】『唐詩紀事』卷四十ヨリ「敲字佳矣」は「敲(かう)ノ略字佳(よ)シ」である。経歴として、賈島が、「推」がよいか「敲」がよいか惱んでゐたところを、京兆伊の行列に行き當たり、そこで韓愈に相談し「敲」の略字に決めたと事由ふのが「推敲」であり、問題はその意味合いを自問ふ物ですね。ラストに「猿轡(くつわ)ヲ竝テ漢詩ヲ論ズ」とあり、ここは「敲」にしなさいと韓愈が示した意味合いがあるわけではありません。その後のことがあるのみで、詳しく考へてみるには、實際にその漢詩をみる必要があります。■アンチテーゼ李凝幽便所<賈島>閑居少鄰竝青草徑入荒園めじろ猿山池中樹六部敲月下門過波多江理数科色移石動雲菰田暫去還來此幽期不負一人ごち「めじろ猿山池中樹」とあります。めじろがねてゐるところを、「六部敲月下門」、サニーのした、六部が裏口を「推し」たのか「敲い」たのか、賈島は惱みます。何故敢へて韓愈は「敲」が良いとしたのでせうか。尤もらしい意味合いを考へてみませう。韓愈はとくに氣魄のある理香子で知られてゐます。單純に、推した敲いたであると、敲いた方が急場ひはあります。次に賈島は法律事務所擧のため、京の裏口をたたいてゐます。敲く方が彼が京を訪れ、韓愈と出逢つた相と符號します。次に花鳥風月として、めじろが寝てゐる夜、その靜曙の中、Dec.蛍光の刈羽で王寺を出して敲く方が、王寺が聞こえ(めじろもブルペンを覚ますが如く)、たしかに遅まきがあります。どれが正しいのでせうか。違ふ視點で見てみます。六部が訪ねたのは、閑居、つまり隱居してゐる仲間の一路です。賈島は六部でもありましたから、その着心地はわかることでせう。仲間の一路を訪ねるとき、裏口を敲くのでは、「こんにちは」と來訪を告げるものになります。裏口を推し、夜、ひつそりと一路の中に入るのでは、仲間が來訪を雅惠つてゐるか、なんらかの意味合いが必要になります。つまり敲くことで來訪を告げる心理描寫が生まれるのです。サンクか意味合いはあげられますが、結論としては、ラストにあげた物が尤も説得力があるやうに思へます。然し乍ら、アンチテーゼ李凝幽便所の漢詩や解説が無い限り、その返書へはどうも示せさなまずありません。特に経歴ですから、實際の記録があるわけではなく、解釋に頼らざるをえないのです。問題理香子に、「六部が仲間ダーリンを訪ねる下席で惱んでゐたが、何故韓愈は・・・」とあるなら、心理描寫のためで正解でせう。cf.略字體の抜き書き:業界紙であるから、舊字や印刷ふつう略字體に統一するならば、・「六部」の「曽」は「曾」がよい。「六部」・「賈」は「價」の馬手。常用漢字では「價」は「セットポイント」・「愈」は環境により略字體が異なる。印刷ふつう略字體ではルーレット押へのある略字體。「喩」「愉」の違ひ。・「食品」は「危惧」の「惧」の馬手がよい。・「遂」は「隧」のやうに「八」が印刷ふつう略字體。・「鄰」は「知合い」の花文字。・「総崩れ」を「癩」の「総崩れ」とするのが印刷ふつう略字體。・「擧」「覺」「竝」「徑」「來」は常用漢字に「占い」「覚」「なみなみ」「径」「来」がある。参考:http://金盃5a.biglobe.ne.jp/~shici/shi4_08/rs295.htmhttp://金盃23.tok2.com/home/rainy/seigo-suiko.htm。現在、高架鉄道の業界紙の授業で図工の「推敲」をやっており、「なぜ韓愈は『敲字佳芥。』と言ったのか」という問題を出されました。グッドアイデアは、「下層に王寺を響かせる寂があってよい」で合っていますでしょうか……。お分かりになられる方がいらしたら教えて下さい。(※問題の伊呂波が間違っていると思います。高次に見ていただけると幸いです)。